改善の事典  》 第14章 社会  》 地域社会に奉仕する
 
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社会‐1405c 地域社会に奉仕する BACKNEXT
 このページの掲載事例→                      ●1405c01 清掃奉仕活動を展開する-1  
 ●1405c02 清掃奉仕活動を展開する-2  
 ●1405c03 被災地に救援隊を派遣する  
 ●1405c04 被災地に冬物衣料と毛布を送る  
 ●1405c05 Mランドまつりを開催する  
 ●1405c06 びわこまつりを開催する  
 ●1405c07 カンボジアに文房具を贈る
 ●1405c08 トラックに子どもの絵を描いて走る
 ●1405c09 モンゴルの少年に義足を贈る
 ●1405c10 稲むらに火をつけ人々を津波から救う
 ●1405c11 お礼の言葉を確認するなら善行にならない
 
【1405c01】 清掃奉仕活動を展開するー1  

■新聞販売店は再販制度で守られてきが、やがて本当の競争力が試される時代が来る。ASA栃木中央の松尾光雄社長は、そのときに備えて、従業員教育に力を入れ、購読客との良好な関係をつくり、地域から認められ、信頼される新聞販売店を目指してきた。 

■その一環として、毎月1回道路の清掃奉仕活動を実施している。さらにトラックで古紙を回収しロールペーパーと交換。収益金は緑化基金に寄付している。ASA栃木中央から始まったこの活動は後に栃木県の新聞販売店全体で実施している。 

■さらに、年1回フリーマーケットを開催。収益金の一部を地域の盲導犬教練所に寄付しており、この活動は、後に埼玉・栃木・群馬の朝日新聞販売店全体で実施している。 

取材先 ASA栃木中央
取材 2006/07/21
掲載 ポジティブ2006/09
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki017.html

 


清掃奉仕活動(上)とフリーマーケット 
 
【1405c02】清掃奉仕活動を展開する-2   


■大和不動産は埼玉県浦和駅前で不動産業物件のオーナーに代わって家賃の徴収や施設管理の事業を展開している。

■そのために、地元の不動産オーナーとの信頼関係構築を大切にし、「あそこの社員は違う。あそこなら安心して大切な財産を任せられる」と思ってもらえるようになることをめざしている。

■その一環として、社会奉仕活動に力を入れており、毎朝全員で近隣の道路清掃を行っている。さらに、近くの小学校や幼稚園のトイレ清掃をボランティアで引き受けている。
 

取材先 大和不動産
取材  2011/01/13
掲載  リーダーシップ2011/03
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki112.html
 
浦和駅前の毎朝の道路清掃活動
 
【1405c03】被災地に救援隊を派遣する  

1995年1月18日、阪神淡路大震災の翌日、七福醸造(愛知県安城市)の犬塚敦統社長は「社員と一緒に片づけを手伝いに行きたい」と神戸市役所に電話を入れた。「余震で二次災害が起きても責任が持てないから…」と断られたが、「ウチは食品会社だから炊き出しを手伝いたい」と再度申し入れ、「それなら来てください」ということになった。

500人分の食材と必要な道具を揃え、4人が車で出発。現地で味噌汁、うどん、豚汁を作って避難所に配った。夜は寝袋で睡眠をとりながら社員たちは毎日調理に当たり2泊3日の滞在の後次の社員と交代。常時10人くらいの社員が現地に滞在した。

■救援活動は38日間に及んだ。当初の1500食の炊き出しはその後13600食、8000食と増え、経費は1200万円に達した。幹部が「このままでは会社が持ちません。もう終わりにしましょう」と進言したが、犬塚さんは「まだまだ困っている人がいる。ここで手を引くわけにはいかない」と言い続けた。

■社員の2割を常時救援活動に割いたことで、生産は低下し、それを回復するのにかなりの時間を要したが、売上は逆にいつもより8%増えた。救援活動のことはお客様には知らせていなかったから、それがPR効果を発揮したというのではない。これは天が「やれ」と命じたことだと犬塚さんは考えている。

取材先 七福醸造
取材 2007/03/12
掲載 ポジティブ2007/0
探訪記 http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki037.html 

 
阪神大震災の被災地で
 
【1405c04】被災地に冬物衣料と毛布を送る   

■クリーニングチェーンの喜久屋の中畠信一社長は、お客さまにも、取引先にも、従業員員にも「喜久屋でよかった」と言ってもらえる経営をめざしている。

■その一環として「もう着ることはないが、捨てるのは忍びないという衣服がありましたら、お持ちください。福祉施設などで活用させていただきます」と呼びかけ、コート類など2万着の冬物衣料が集まった。

■そのとき、東日本大震災が起こり、数台のトラックでそれらを被災地に送った。

■さらに「被災地に毛布を送りたいと思います。使わない毛布がありましたらご提供ください」と呼び掛けると、多くのお客さまがそれに応じて、毛布が集まり、それも被災地に送った。

■CSR(企業の社会的責任)などという、とってつけたようなものではない。企業活動は本来「善」でなければならず、世の中が必要としているものを提供し、社会に貢献することが企業の使命である。その結果として利益が生まれる。そういう企業だけが、何十年、何百年続いていく…と中畠さんは考えている。 

取材先 喜久屋
取材 2013/05/28
掲載 リーダーシップ2013/07
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki147.html

 


クリーニング工場内部(上)と店舗外観
 
【1405c05】「Mランド祭」を開催する  

合宿方式の自動車学校、Mランドでは、自動車運転とともに感謝の心を教えており、生徒たちは2週間、感動的な合宿生活を送る。その卒業生たちによって年に1度「Mランド」祭りが開催される。

■そこには地元の人たちも招待され
千人近い人々が歌や踊りで楽しい時間を過ごす。

取材先 Mランド益田校
取材  2010/10/29
掲載  リーダーシップ2011/01
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki109.html

 
【1405c06】びわこ祭りを開催する  


■住宅販売ビジネスは土地から切り離すことできない地域での会社の評判がそのまま業績に影響する。

■そこで、会社の評判を高めるために、びわこホームでは年1回本社前で地域の人々を招いて「びわこ祭」を開催している。

■また、社員の中に「活性化隊」を組織し、草刈りや清掃の奉仕活動を行なったり、学校の運動会や夏祭りにボランティア参加している。 

取材先 びわこホーム
取材 2014/11/13
掲載 リーダーシップ2014/12
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki163.html

 


びわこ祭(上)と清掃奉仕活動
 
【1405c07】カンボジアに文房具を贈る   


■オフィス用品やオフィス家具をメーカーや問屋から仕入れ、企業に向けて販売する潟Jスタネットの植木力社長は、困っている人を見たらほっておけない人である。創業当初、異業種交流会で後進地域の子供たちを応援するNPO法人の代表と懇意になり、会社が赤字だったにもかかわらず、カンボジアに文具を送る活動に協力した。

■同社は大日本スクリーンのベンチャー第1号として設立されたが、ずっと赤字が続いていた。そこからの浮揚策を大日本スクリーンの広報担当と相談するなかで、カンボジアへの文具支援をメディアに発表してみたら…とアドバイスを受け、メディアに当たってみると「植木さんこそ社会起業家だ」として紹介してくれた。

■植木さんはそれに勇気づけられ、全国から集めた中古文具をカンボジアに送り、自らもカンボジアにわたって学校を視察。借金しながら学校建設資金を寄贈し、そのこともメディアで大きく報じられた。

■やがて「お宅のような社会貢献している会社からオフィス家具を買いたい」という注文が入るようになり、3期目に単年度黒字を達成。8期目までにすべての負債を返済したという。

取材先 カスタネット
取材 2015/12/15
掲載 リーダーシップ2016/02
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki176.html 

 


植木さんとカンボジアの子供たち
 
【1405c08】トラックに子どもの絵を描いて走る    

■宮田運輸のトラックがバイクと接触して死亡事故を起こした。宮田博文社長は、自社被害者家族と加害者のドライバー家族に大きな苦しみに突き落とされるのを見て、子供のころから大好きだったトラックが嫌いになりそうになった。トラック会社の社長でありながら、トラックなど世の中から消えてしまった方がいいのでは…と思った。

■ある人から「トラックが好きやったんやろ。それならそのトラックを生かすことを考えな…」と言われ、ある会社で従業員の子供が書いた安全標語を見たことがきっかけとなって、ドライバーの子どもたちに絵を描いてもらって、それをトラックに貼ろうと思いついた。

■いま宮田運輸のトラックには子供たちの絵と「パパ、運転、がんばって」や「いつも、安全運転、ありがとう」などの言葉が貼られている。同社ではこれを「こどもミュージアムプロジェクト」と名付け、新聞、雑誌、テレビでそのプロジェクトを知って賛同したトラックが、同じように車体に子供たちの絵を掲げながら、走り始めている。

取材先 宮田運輸
取材 2018/02/08
掲載 リーダーシップ2018/04
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki202.html

 


トラックに描かれたこどもたちの絵
 
【1405c09】モンゴルの少年に義足を贈る     

■モンゴルの草原で遊牧生活を送っていた少年が、草原火災に遭い、両足を太ももから失った。

■少年が「もう一度自分の足で草原に立ちたい」と言っていることを知った義肢装具製作会社、中村ブレイスの中村俊郎社長は、治療費・渡航費・滞在費の全額を負担して、少年を中村ブレイスのある島根県太田市大森町まで招き、義足を作り、リハビリまでさせた。

■少年は再び草原に立つことができるようになった。しかし、馬に乗る遊牧生活への復帰は難しい。少年は、自分も義肢装具士を目指し、将来は中村ブレイスで働きたいと言い、その実現に向けて中村氏はその後も支援を続けたという。

取材先 中村ブレイス
取材 2019/04/24
掲載先 リーダーシップ2019/07
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki217.html

 
義足 
 
【1405c10】稲むらに火をつけ人々を津波から守る      


■安政南海地震が紀州広村を襲ったとき、濱口梧陵は、続いて津波が来ると気づいた。

■梧陵は、村で一番高い八幡神社に避難するよう村人たちに声をかけて回り、日が暮れてからは、村の若者とともに、田んぼの中の稲ムラに次々火を放った。

■村人たちはその明かりを頼りに八幡神社に逃れ、村はほとんど犠牲者を出さずに済んだ。


■梧陵はヤマサ醤油の7代目当主。下総の銚子に醤油工場があり、実家のある紀州広村との間を行ったり来たりする生活だったが、たまたま広村にいた時の出来事だった。

取材先 稲むらの火の館
取材 2022/03/02
掲載先 リーダーシップ2022/04
探訪記
http://souisha.com/tanbouki/tanbouki249.html

  
広川町役場前の松明を持った梧陵の銅像
 
 【1405c11】お礼の言葉を確認すれば善行とはいえない    
 

■サントリーの創業者、鳥井信治郎翁(1879-1962)の子供の頃、天満の天神さんに参るために母のこまと一緒に天神橋を渡ったときのことである。橋の両側に乞食が並んでいて、金を投げ与えられた乞食は大仰な身振りでお礼を言った。

■しかし、振り返ってその様子を見ることを、母のこまは決して許さなった。振り返って見ようとするのは、乞食のお礼の言葉を確認しようとするからで、それでは善行ではなくなってしまうからだ、と信治郎は語っている。そんなエピソードとともに信治郎は「陰徳あれば陽報あり」ということを説いた。

■その言葉の通り、信治郎は、寿屋が苦境にある時も神社仏閣への寄進を怠らなかった。大学の教授に推薦してもらった学生に、誰からともわからないようにして学資を贈ったりもした。晩年にはクニ夫人と寿屋の名前からとった「邦寿会」(後の社会福祉法人邦寿会)を設立し、全国の旧官国弊社と寿屋の本社・支店・出張所・工場がある地域の社寺に、年末になると必ず寿屋の製品を届けたという。

参考文献 山口瞳・開高健著「やってみなはれ、みとくんなはれ」(新潮文庫、2020

掲載先 リーダーシップ 2022/12
探訪記 
http://www.souisha.com/tanbouki/tanbouki255.html

 
出所:山口瞳・開高健著「やってみなはれ、みとくんなはれ」(新潮文庫、2020
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