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ネット版 改善改革探訪記 №254
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世界中の人々と交流しソニーを世界企業に導くut

 盛田昭夫翁事績探訪記


ソニー創業者の1人、盛田昭夫翁(1921-1999)の生家が愛知県常滑市小鈴谷にある。400年にわたって酒造業を営んできた家で、昭夫はこの盛田家の当主となるべく育てられたが、物理学に興味を持ち、大学の理学部に進み、海軍の研究所に入って、ある会合で民間の電気技術者だった井深大と出会って意気投合した。

本来なら酒造業を継ぐべき立場だったが、それを棚上げして井深とともに東京通信工業を設立するために、盛田家第14代当主の父の許可を求めた。「息子がしたいというのなら、そうすべきだと思う」と父は言ってくれ、土地を売って資金をつくり、創業期のこの会社を再三にわたって支えてくれたという。

東京通信工業は最初にテープレコーダーを、次いでトランジスタラジオの開発した。戦後間もないこの頃、日本はまだまだ貧しく、それらを売るためにはアメリカ市場を開拓する必要があった。昭夫はそのために、トランジスタラジオに「ソニー」というブランド名を付け、会社名も「ソニー」に変え、「ソニー・アメリカ」という現地法人を設立して自ら社長に就任した。

アメリカ市場開拓のためには、アメリカで人脈を作る必要があり、そのためにはもっとアメリカ人を知って交流する必要がある。そのために良子夫人と子供たちとともにニューヨークに移住。夫妻は連日客人をアパートに招いて、もてなしたという。

ニューヨークでの生活は1年で終わったが、昭夫はその後も世界中を飛び回り、ソニーブランドをアメリカに、そして世界中にひろげた。トランジスタを使った小型テレビ、トリニトロンカラーテレビ、ウォークマン…など、新しい生活を提案する高技術、高品質製品が、昭夫の築いた人脈を通じて世界中に広がった。

2020年、常滑市小鈴谷にオープンした「盛田昭夫塾」は、そんな盛田昭夫の足跡と交流記録をパネルで紹介し、盛田夫妻の世界中の人びとへのおもてなしを再現している。


●本文 →
morita-akio.pdf へのリンク
●取材先:鈴渓資料館、盛田昭夫塾(愛知県常滑市小鈴谷URLhttps://tengai-f.com/ja/morita )
●掲載先 → リーダーシップ 2022年10月号
(発行元・日本監督士協会のURL:http://www.kantokushi.or.jp/



盛田昭夫塾のエントランス。画像クリックで本文表示


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